広島の弁護士事務所で働く母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

STEP/TEEN8章 自分も相手も「信じる」

 岡山STEP/TEEN。

今回も、楽しかった!ヽ(´▽`)/。

アドラー心理学で、「勇気づけ」の定義といえば、

いろんな講座で各種様々な書き方がなされているけれど、

 

今日聞いたのは、
・自分が自分を信頼していること

・人に信頼されていると感じること

この二つがそろったとき、「勇気づけ」となる、

というもの。

確かに、これ、めちゃくちゃ勇気づけられる!って感じがするなぁ。

STEPのテキストに書いてあるってよ!
どこだろ!(笑)。

気づいていないところ、見逃しているところまだまだ多し!



ほんと、人は、自分の見たいもの、

見ようとしているものしか目に入らないんだね。

 

アドラーのいろんな講座を受講していると、

講座によって、定義の仕方が違っていたりして、

また面白い。

特に、「勇気づけ」については深い。

勇気づけ=~のこと 

と、はっきり定義しているものもあるし、

なんとなくぼやかして、個々が自分の中に「勇気づけ」

を定義するよう任せているような形のものもある。

テキストも、受講者を信頼しているんだなぁ~

とか思うと、ますます、面白い。

 

**

演習を通しても感じたけれど、

自分も相手も「信じる」。

もう、これに尽きると感じた。

 問題は、もう解決しているし、

解決の方法を、本人は分かっている。

まだ、ちょっと手放したくないだけ。

そんな風に感じた。

 

私が、いろんな手法を使って、

導こうとしなくたって、

すでにもう、大丈夫。

そう感じたから、

ただただ、聴くに徹した。

 

解決したくなったとき、

その問題を、自分自身が、

「もう要らないや!」と思ったとき、

人は、自然に問題を手放せるのかもしれないなぁ。

それまでは、誰が何を言おうとも、

手にした問題を握りしめて放さない。

そういうものなのかもなぁ。

 

どうにかしなければならない人なんて、

どこにも居ない。

 

みんな、今の状態がパーフェクトで完璧なんだと。

 

その確認をしに、

私は岡山まで通っているのかもなぁ、って思った。

 

大丈夫って「信じる」こと。

「信じる」ために、

その妨げになっている

自分の信念や価値感や、「べき」に気づくということ。

 

その訓練を、コツコツとやっているのかなぁって思った。

 

「信じる」と、とても楽になる。

でも、その一歩、踏み出すために、

大きなハードルだったり、バンジーだったり、

それこそ大きな勇気が要るけれど、

飛んでしまえば、あれ?何だったの!?(≧w≦)

ってなるんだよね~^^。

 

今の状態、まだできていない不完全な状態で、

もうできているヽ(´▽`)/。

できていなくても、できている!o(^0^)oって、

勝手に満足しておく。

 

それでいいのだ!

と思った(^-^)。

 

f:id:happy-v:20160428102306g:plain

 

 

広告を非表示にする
*このブログはリンクフリーですが、一言声をかけていただけるとめっちゃ喜びますヽ(´▽`)/