広島の弁護士事務所で働く母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

松山の自然歯科レポ

去年、自然歯科に行ったときのレポ。

Facebookで「1年前のあなたの記事」として上がってきたので、

こちらにも貼り付けておこう。

去年の感覚だけれども、なかなか今見ても

頷ける感覚。

*****

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【自然歯科レポ】 超長文注意(笑)

ただいまー(^0^)!
行ってきたよ!
知る人ぞ知る超マニアック歯科(笑)
愛媛県の「自然歯科」
と、
愛媛県東予のキャンプ場(^^)。
      
まずは、自然歯科の方から。
http://sizensika.sakura.ne.jp/   
行く前から、ある程度予測はしていたんだけれども、
やっぱり、
話を聞いて、見てもらうだけで終了。
子も私も、一切、歯はいじりませんでした。
   
時間オーバーしても大丈夫なように
最初は「基本コース」で予約しておいて、
時間が余ったら「体験コース」に変更してもらえる
とのことで、
実際は、二人合わせて一人分の「体験コース」で済みました。
  
   
私自身、
歯は、視力に対しては言うまでも無く、首や肩に始まり体全てを司っている大切なもの
という認識があって、
子どもの頃に歯も目も悪くしたという自覚がある分、増して、
かなりこだわりがあり、
  
今までかなり、歯医者ジプシーを繰り返してきた。
1本の歯に対し、疑問があると、
納得いくまで調べまくり、歯医者を変えては問いかけまくり。
まぁ、いろんな体験をしました(笑)。
そして20代の頃から、欠かさず2~3ヵ月毎の歯のメンテナンス(クリーニング)
を継続していました。
  
そんな中、思っていたのが、
医師によって、注目するところ、診断の仕方が、
驚くほどまちまちであるということ。
  
A医師が「これは大変!すぐに処置をしなければ!」という箇所も、
B医師は、まったく指摘に値しない、とスルーだったり。
その代わり、B医師は、A医師とは違う箇所を処置しなければ!と言ったり。
  
セカンドオピニオンどころか、サードオピニオン、
歯医者にかかればかかるほど、みんな言っている事が違う、
見解が異なる、まったく違う角度の診断が出る。
ということを感じていた。
  
結局、どの医師を信用するか、賭けなのか!?と。
  
    
今回も、子の歯についてなにこれ!医師によって、やっぱり判断様々じゃん!
これ一体どうすべ!?と思って調べまくり問いかけまくり、
なんか、コワーイ予測の診断とかも出て、
ぐじぐじとしていたところ、
  
ここでぐじぐじ言ってもしょうがないから、
そんなに気になる歯医者があるのならば
松山(=自然歯科)行っておいで!と夫が背中を押してくれたので、
思い切って行ってみることにした。
    
HPを見ていたのと口コミから、ある程度、どんな歯医者かは予測していた。
たぶん「何にもしなくても大丈夫」って言ってくれるんだろうな、と。
    
ただ、それを「予測」のままでいるか、
実際に会って、見てもらって、言ってもらうのか。
ただそれだけなんだろうけれども、
「太鼓判」をもらいに行くだけなんだろうけれども、
  
実際に、行動するか、しないか。
   
その違いを、体験してみようと思って、
どうなるかは分からないけれど、やってみないことには、
何も言えないので、行くことにした。
  
動かないと、何も進まない。
動けば、何かが進む。そう思ったので。
   
    
誤解を承知で書くと、いわば敢えて「洗脳」してもらいに行ったような感じでもあるのかもしれない。
       
でも、敢えてこういう選択肢もあるんだよ、ということ。
そして、私は、どちらかというとこっちの方向に進みたいんだな、ということを、
「自覚」しながら、選択していきたい、と思ったから、
洗脳であってもいいから(笑)、まずは敢えて飛び込んでみようと思った。
    
  
「自力整体」と一緒なのかもな、って感覚もした。
歯は、自分の体の先生。
病が、不調が、私たちに教えてくれている。
  
そして、ゆがむことで、虫歯になることで、病になることで、
一生懸命バランスを取ってくれている。
  
全てのことに意味がある。
  
バランスを取ってくれているのを、黙らせようとすると、
他の箇所に不調が出る。
黙らせるのではなく、不調の声を聴く。
  
そんな風に、私は理解した。
   
   
   
何年か前に、家にあった薬を全て捨て、
内科も呼吸器科も耳鼻科も皮膚科も全ての医者にかかることをやめたら、
医者にかかる病気に一切ならなくなった。
  
それでも、歯医者だけは、どうしても必要だと思って、
歯のメンテナンスに通うことだけは欠かさなかったのだけれども、
  
これも、もうそろそろ、離れていくときがきたのかもしれない。
急にそうなるかは分からないけれども、
自分の中で、納得がいったら、自然にそうなっていくのかもしれない。
  
自分の中で、選択肢を並べながら、自分の声を聞いている。
そんな感じ。
  
     
     
そして、これは私が勝手に思ったことなんだけれども、
子どもは、何歳のうちまでかは、
親の心の投影箇所でもあり、楽しみや喜びだけでなく歪みや不安といった
親のいろんなものを、体で受け止めるものなのかもなぁ、と。
  
子ども頃から、虫歯の治療跡だらけ、病気がち、強度の近視だった私は、
それだけ、母の不安や葛藤やいろんなものを、
受け止めて受け止めてきて、少しでも、母の不安を自分が吸収して取り除こうとしていたのかもなぁ、と。
(こんなことを書いていると、より洗脳っぽくなってきたかね(笑))
  
あれだけたくさん受け止めてきたのだから、
もう、私は充分役割を果たしたので、もう、
今の私は、思う存分、シアワセになっていいんだ~。
  
てか、子のためには、私がシアワセで、
ゆったりした穏やかな気持ちでいることが、
一番なんだなぁ~って、
  
今回の船旅をしながら、思った。
  
    
自分の中では、子に対して、細かいことはかなり手放していると思っていたけれど、
まだまだ、まだまだ、もっと手放していいし、手放せる。
そう感じた。
     
     
      
どんな風に生きてもいい。
  
マニアックな道。洗脳な道(笑)。理化学的な道。ようわからんけれども無限に、
いろんな道があって、
どれを選んでも、自分の人生。自分の道。
    
自分しか責任が取れないし、自分しか納得できない。
  
    
だから、どんな道を選んでもいい。
    
その選択肢の一つを、今回、体験しに行ってきた。
そんな感じ。
  
えらい長うなった(笑)。読んでくれてありがとうございました(^0^)

 

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