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広島発・弁護士事務所事務員の母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

『もどってきたアミ』ブックレビュー

 今回、岡山行きのJRの中で読んだ本がコレ。

もどってきたアミ―小さな宇宙人 (徳間文庫)

もどってきたアミ―小さな宇宙人 (徳間文庫)

 

 

 

 以前読んだこの本の続編。

 

このシリーズ。この作品。永久保存にして時々読み返したくなる。

さくらもももこも大絶賛するのも分かるような気がする。

宇宙人とか円盤とか、そういう系統に疎くても、

この本だけは、すっと読めるし、

読んでいて心があたたかくなる。

自分が生まれた存在意義のようなものを、思い出させてくれる、

そんな感じ。

 

 

 

 

今回、私の中で頭に一番残ったのは、

「人の学びには段階がある」ってこと。

 

精神性の段階が、ある一定のレベルにあるとき、

 

そのレベルを超えたずっとずっと高い精神性の人から、どんな言葉を教授しようとも、

 

自分の都合の良いように、解釈したいように、

勝手に曲げて解釈してしまうもの。

 

その人の段階に合った学びは、その人より少しだけ上の段階の人からしか得ることが出来ないし、

その段階段階にふさわしい人とふさわしいタイミングで出会うようになっている。

 

そんな感じに受け取った。

 

 

人が回り道、遠い道をしているように見えても、

人にはそれぞれ理解度レベルというものがある。

無理に、分かってもらおうとしなくても、いい。

ってこと。

 

本の結末も、そういう形で締めくくられていて、

読後感も爽快だった。

 

現在の、ありのままの、それぞれの段階を認めるということ。

ありのままの状態を、認めるということ。

 

 

そして、

目には目を、歯には歯を、ではなく、

無償の愛の世界。

 

 

 

自分の体の中の、肝臓くんが、腕くんを、うらやましいと思ったり、

比較したり、引け目を感じたり、することがないように(^0^)、

世界も、宇宙も、一つの体であって、

 

比較したり競争したり、憎んだり、羨ましがったり、

そんなことはする必要が無く、

みんなみんなが助け合う世界。

 

 

 

 

これを読んでいて、最近の身近な事象を思い出した。

精神性の高さ、っていうのも、善悪ではないし、

年齢とも関係がないものなのかもしれないなぁ。

 

年齢が高くても、心配事がたくさんあって、

懐疑的で人を批判せずにはいられない方もおられるし、

そうでない方もおられる。

 

子どもでも、「おぬしはブッダか!?!?Σ(@0@)」

と思うような発言をする子もいるし、

そうでない子もいる。

 

誰の段階も、その人の学びの段階。

 

だから、あの方が、人の悪口ばかり言うなんて!!なんてがっかり・・ってなったとしても、

それはそれで、意味があるのかもしれないなぁ。

別にそれは、悪いことでもなんでもなくて、

その「段階にある」ということ。

 

好みの違い、人種の違い、段階の違い、

どれもどれも、信頼して受け入れたら争いなんて起こらないよね、

って感じかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

          

 

 

 

 

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