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自己満足で勝手に楽しむ日記

楽しいことの寄せ集め。

どんな風に解釈してもいい

色んなところで色んな学びをさせていただいて、

学んだことをブログで発信したり、

いろんな形でアウトプットすることがあるんだけれども、

 

私が最近出会う発信者の方は、

 

いつも私の自由な受け取り方を、

丸ごと全部受け止めてくれている

 

ということを、すごく感じる。

 

この衝撃体験を最初にしたのは、STEP講座のときだけれども、

今講座のアウトプットをさせていただいている、佐伯和也さんにしても、

 

私が勝手に好きなように理解し、解釈した内容。

きっと、「あれ、それちょっとおかしいな、変だな」とか、

そういうつもりで発信したのではないのに、

違う風に解釈したんだね。

っていうことも、あるんだと思うんだ。

 

全く無いことって有り得ないって思うんだ。

 

 

それでも、発信者の方は、

「それ違うよ」とか言わずに、

そう解釈した私をありのまま、受け入れてくださっている。

 

 

これって、すごいことだと思うし、

これって、めちゃくちゃ嬉しかったりするんだよね。

 

自分の伝えようとした形とはちょっと違う形で受け取ってもらったけれど、

それもOK.

それは、受け取り手が受け取りたいように受け取った形であり、

受け取り手の世界のこと。

だから、否定も訂正もしない。

 

それはそれで、それも、そういう形の正解。

 

そんな感じなのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

こういう体験を重ねていると、

 

反対の立場で、

今度は私が発信する側の時。

 

受け取り手が、自分の伝えたい形と違う風に何かを受け取っているかもな、

と感じた時、

 

「それは違ってね!」って訂正するのではなく、

 

「なるほど!そんな解釈もあるのか!」

と受け入れる。

「今は、そういう風に理解したいんだね!」と、

ありのままに受け入れる。

 

そういうことが、できるようになってきている自分に気づいた。

 

 

絶対的な正解っていうものが、この世に存在しない限り、

どんな解釈もアリだし、

 

「それは誤解だよ!!」

って必死になって訂正しなくてもいい。

 

 

これって、普段の人間関係にも言えることかもなぁ。

 

 

昔は、「それは誤解だよ!!」って必死に訂正しようとするから、

なんかややこしくなっていた気がする(笑)。

 

 

人が、「理解したいように理解している」

のを妨げない。

 

どうせ、良いように進んでいくのは分かっているのだから、

今必死で訂正しなくても、

色んな道を通って、辿り着きたいところに辿り着く。

 

その過程を、安心して見ていればいい、

 

 

そんな風に思った。

 

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