友人のSNS記事を読んでいて思った。
学びの好きな人は、
どこからでも、どんな状況にあっても、
「ここから何を学ぼうか!」って、ワクワクしているってこと。
それも無意識のうちに。
どこからでも必ず何かを掴んで来る。
そして、「好ましいことに注目する」のが得意(^-^)。
人が一見、退屈しそうな授業や、
人が、つまらなそうに感じそうな事柄の中からでも、
ここに、何か面白いものが隠れているはず!何かあるはず!
って思って、
自ら面白いものを見つけてくる。
人にお膳立てされなくても、
自ら掴み取りに行く。
そういう姿勢が、根底に、あるのかもしれない。
だから、どんな状況になっても、
どこに行っても、
「転んでもただでは起きない」(笑)ではないけれど、
必ず何かを掴み取ってくる。
それも、何か掴み取るべき!とか意識しているわけでは無く、
もうそれが当たり前すぎて、
掴み取ってきてしまうんだよね。
誰に何も言われなくても、勝手に掴み取ってしまう。
それが自然なこと。
どうしてそんなことができるのかと言ったら、
きっと、
世の中を信じているからなんじゃないかなぁ、
って思った。
どこの世界にも、
好ましい点があるということを、当たり前のように、
信じているから。
好ましい点があることを当たり前のように信じているから、
好ましいところに注目するのも得意になるわな!
色んなものがごちゃ混ぜに入った器の中で、
「ここに、きらきら光るダイヤモンドや、
きらきら光るお宝があるよ!隠れているんだ!」
って知っていたら、
ダイヤモンド、どこじゃどこじゃ?
ってかき分けて探すよね。
「必ずそこに有る」って知っているから。
そんな感じなのかもね。
子どもの頃から学び好きな人は、
それを、子どもの頃から知っているんだね。
例え人がつまらなそうに(笑)聞いている授業でも、
目をきらきらさせて聴けるのは、
そういうところにあるのかもしれないな、と思った。
机上から離れても、
どこに行っても同じ。
「ここから何を学ぼうか!」
「ここから何を掴んでやろうか!」って、ワクワク
しながら、生きるということ(^-^)。
どこにでも、キラキラしたものが存在する。
それを信じているということ。
それが当たり前すぎて、
本人は、何にも頑張っている気が無くて、
自然体なんだね(^-^)。