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自己満足で勝手に楽しむ日記

楽しいことの寄せ集め。

「仲間である」という共同体感覚

アドラー心理学「パセージ」の第一章では、一番最初に、

Thr first page of the Individual psychology "passage“  showes the message that

"Humans are my friends." and "I have some abilities".

 

・人々は私の仲間である

というのと

・私は能力がある

 

という言葉が出てくる。

これ、言葉は短いけれど、とてもとても深くて、

この意味の理解の仕方も、年月とともに変わってくることに気づいた。

This sentences are very short,but it has very havy meanings.
The meanings  become getting deeper and deeper  as my age.

 

これ、結局は、「共同体感覚」のことを言っているのだと思うのだけれども、

今朝、突然ふと浮かんだ。

 

「共同体感覚」って、自分の体全体のことだと。

 

体の器官。

私の場合(笑)、

何かあるとすぐに詰まったり、ツーツーになったりと、

何かとすぐに訴えてくるお喋りな「鼻」と、

沈黙の臓器と言われていて、何も言わないけれど、

黙々と大事な仕事をしてくれている「肝臓」。

「心臓」も「足の指」も、みんな、

役割が違うけれど、

誰一人、不必要な人(器官)は無い。

みんなが協力し合って、私という人間を形成している。

 

「心臓」は重鎮を担っているからうやらましい、なんて、「足の中指」は言ったりしないし、

「足の中指」も、足のバランスを取るために、

とっても大事な役割を担っている。

 

自分が世の中において、もしかしたら、「胆のう」とかではなく、

「右耳の耳殻」であったとしても、

「右耳の耳殻」も大切な役割を担っている。

 

全部、みんな、大切なんだ。

他の人は、ライバルや競争相手とか敵とかではなく、

仲間なんだ。みんなね。

 

世の中、きっとそうなんだろうね。

 

詰まったり大量の水を出したりする鼻(笑)は、

自分が訴えることで、たくさんのことを教えてくれている。

無くてはならない存在なんだ。

 

 

・みんな仲間

だし

・私も能力がある。

 

 

 

石油ショックの時代にトイレットペーパーを買い占めたおばちゃん」的な感覚で、

手柄や利益を

競争して取り合わなくても、

もう有るのだから、

 

みんなで助け合って一つの体=地球 を作っていけばいいよ。

 

と、そういう感じなのかもなぁ、と。

 

みんな、能力も、役割も、有る

 

能力も役割も無い人なんて、誰もいない。

 

お金を稼ぐ人(=心臓や脳)だけが偉くて、

他は居なくてもいいなんてないし、

 

例えば喉が弱って使い物にならなくなった時、他の器官が全員でどうにかしようと助けようとする。

喉が役に立たないから、見捨てようなんてしない。

 

みんな、仲間なんだ。

 

 

人をうらやましがったりしなくても、

その、人も含めて、

自分の体なんだ。

 

みんな「共同体」で、一つなんだ。

 

悪い部分、劣っている部分、できない部分も含めて、

「共同体」なんだね。

 

足の引っ張り合いとか、妬み合いとか、

やっている暇は無い。

見えているもの全てが、実は、本当は、

自分の一部なのだから。

 

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