/*リンクは別ウインドウ*/

自己満足で勝手に楽しむ日記

楽しいことの寄せ集め。

岡山STEP/TEEN 2巡目第5章・聴き方の章。私の役割を知る。

「聴き方」の章。これまたでっかいパッカン来たよ。

 

今の私の役割は、

「まず、私が私を満たすこと。」

私は私のために、ブログを書くし、

私は私のために、ピアノを弾くし、バレエをする。

私は私がやりたい仕事をするし、

私は私がやりたい勉強をする。

私が私を整える。

それが、今の私の使命。

 

ステージが変れば、また変わることもあるかもしれないけれど、

先を急いで、

「人を助けなければ!!!」とか一瞬でも思ったら、

私はとたんに巻き込まれて、

一緒にしんどくなる、一緒にボロボロになる(*'ω'*)。共倒れになるんだね。

 

 

そして、

どういう風に考えた方が、

自分を心地よい位置に持って行けるかは、

 

その人の産まれてから今までの信念、生き様、

考え方の癖によって、全然違うから、

人の真似をしても、うまくいくとは限らない、ということ。

 

 

うまくいっているように見える人、

きらびやかに活躍しているような人を見て、

 

そんな風に私も成れたらな!と思って、

 

心屋さんや、ナリ君や、ハッピーちゃんや、はるちゃんや、
Mちゃんの真似をしようと思って、

ずっとずっと、観察してきた。

 

 

そして気づいた。

得意なやり方は、結局は、自分で見つけるしかない。

自分の中にしかない。と。

 

もう、根本的に、物事の考え方の前提や、

今居るステージが違うのだから、

違うステージにいる人がやっている表面的なところだけ真似をしても、

そんな風にはなれないし、

なる必要もない、のだということ。

思考の前提の根本的なものを、どうにか自分に取り込もうとしても、

子供のころから積んできた基盤が違うのだから、

基盤を、簡単にとっ変えることはできない、ということ。

 

その人の心地よいを、私が真似しても、

私も心地よくなるとは限らないということ。

 

得意な分野も全然違うのだから、

人が得意なこと、私もコレ、得意にならなきゃ!!とか思っても、

無~理~(^ω^)ってこと。

 

私、違う誰かになろうとしていたみたいだけれども、

それ、無理だから、もう諦めれ~~~。ってこと。

 

それは、やってみて知ることだから、

色々やってみる時期も必要。

 

 

 

 

これね、きっと、何も学ばなくても、

幼少時から、当たり前のように分かっている人も、

世の中には山ほど居ると思う(*'ω'*)。

 

そういうことなんだろうね。

人の当たり前が、自分の当たり前ではないし、

逆に、

私が当たり前だと思って、全く言及しないことが、

人にとっては驚くほどの発見であるということもある。

 

 

そして、どれが正しくて、どういう順番で、何を学んでいくかも、

人によって、全く違う、ということ。

 

 

**

 

 

 

STEPのテキストに、ずっと出てくる

「聴く」というテーマ。

「聴く」って、ものすごく大事なこと。

 

だから、何はともあれ

まず、「聴かなきゃ!」って思っていた。

 

たとえ、あんまり聴きたくないときでも、

関係性を良くするためには、聴いた方がいい。

頑張って、聴こう!!としていた。

 

「聴きたくないときには、聴かなくてもいいんだよ~」

と言われても、そう言っている人たちが、

よく聴いてくれる人ばかりだったので、

「そうは言っても、やっぱり、聴くのがすべてじゃん」

って感じで思っていて、

聴こうとしていた。

 

私は、マニュアル人間だから(笑)一旦、「これが正解だ」と思うと、

必死に、それをやろうとしてしまう傾向があるんだね(*'ω'*)。

 

STEPに行くたびに、

「正解は無いことを学んだ!正解は無いことを学んだ!!!!ヽ(´▽`)/」

って、毎回毎回、ブログに書いておきながら、

ここに来ても、まだ、正解があるかのように思っていたんだなぁ。

 

と驚愕したけれど、

思い込みというものは、そんなものなのかもしれない。

他人から見ると驚くくらいに、信念とか前提っていうのは、根強いもので、

取り外したと思っても、思っても、

根付いているものなのかもしれない。

 

そして、私の中に、

「正解」というものがある限り、

「正解」じゃなかったとき、「正解」の通りにできなかったとき、

 

それは、罪悪感や失敗感に繋がって、

出来ない自分を、知らぬ間に責めていたりする。

 

「あぁ、きちんと聴けない」。

聴いた方がいいのに、

聴けないなぁ・・。

 

そもそもこの話、あんまり聴きたくないんだけれども、

そんなこと思うなんて、自分は拗ねている証拠だから、

そんなこと、感じなかったことにして、

どうにか聴きたくなるように、したいなぁ。

 

とかいう方向に思考が向いて行ったりしていた。

 

 

前提が違うと、こういうことが起きるのよ!!!(≧w≦)。・

 

 

それでね、昨日のSTEP/TEENの演習で。

 

もう私、「人をどうにかするのは私の役割ではない」と開き直って、

フツーに聴いた。自然に聴いた。

「この人を助けなければ」とかいう気持ちを全く持たずに聴いた。

 

そしたら、

話し手も、とても心地よく話してくれて、

なんだかとても上手くいった気がした。

 

私も、しんどくない。

 

「この人をどうにかしてあげたい」と思って聴いた方が、

うまく聴けるタイプの人と、

「この人は私がどうにかしなくても大丈夫だ」と思って聴いた方が、

うまく聴けるタイプの人と、

 

あるのかもしれない。

自分は、どうやったら聴けるのか、

色々やって、自分で試してみて、自分の方法を

発見していくしかないのだと思った。

 

なんとなくだけれども、

自分を満たすことが既に充分にできている人は、

「人をどうにかしてあげたい」と思った方が、

自分も相手も、Win~Winなのかもしれない。

 

でも、今の自分は、そのステージにはないのだと、思った。

私が人をどうにかしようと思わなくても、

私が私を満たしていたら、

自然に、誰かが、何かを持って行ってくれる。

そっちを信じて、まずは自分を満たすことをしないと、

 

自分が自分を犠牲にして人を助けようとしても、

共倒れになるだけなのかもしれないね。

 

聴きたくないことは、聴かなくてもいいし、

話したくないことは、話さなくてもいい。

 

「聴き方」の章を学んだのに、

私の学びは、こっちだった(*'ω'*)。

 

 

このブログも、

私は、誰かのためではなく、自分のために書いている。

だから、私の好きなように書く。

書きたいことを、書きたいときに、書きたいだけ書く。

何度でも何度でも、同じようなことを、

ぐるぐるぐる書く。

 

これと同じような記事、もう何本も過去に書いている。

でも、思い出すたびに、また書く。

そうして、これが当たり前になって、書く必要がなくなったとき、

同じネタでは書かなくなるのだと思う。

何度も何度も書いて、何度も何度も感動してパッカンして、

そして、いつの間にかに自然に変わっていく。

これが私のスタイル。

 

だから、人に分かりやすいように書かなければ!とか頑張らないし、

読みたいと言ってくれる人だけに公開する。 

読みたくない人には、リンクを貼らない。

 

読む人が誰も居なくても、私は昔から文章を書き続けてきたし、

これからも、書き続けるだろう。

これは、私がやりたいからやっていること。

それでいいし、それで行こうと思う。

 

 

自分も無理しないし、人にも無理をさせない。

 

 

私が私を大切にすること、

それが、今の私の唯一の使命。

 

 

 

 

f:id:happy-v:20181107124617p:plain

 

 

 

 

 

 

 

*このブログはリンクフリーですが、一言声をかけていただけるとめっちゃ喜びますヽ(´▽`)/