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自己満足で勝手に楽しむ日記

楽しいことの寄せ集め。

「ありのままの自分でいられる人と一緒に過ごす」のが大切な理由。

久々に、佐伯さんのメルマガより。

 

「ありのままの自分でいられる人と一緒にいる。」

https://kaihou.biz/BackNumber/view/MdHayfBI/AnzAu0VJ/ReITIgOT

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これも、すごく分かりやすい。

 

なんで、

相手の顔色伺って、自分を偽って、

相手に合わせようと媚びたりしたりしなくていいのか。

 

なんで、

ありのままの自分を受け入れてくれる人とだけ

一緒にいようとしてもいいのか。

 

そして、顔色を伺わなければならない相手への

気持ちの持って行き方。

 

そんな感じの事を読み取ったよ。

 

 

「変わる」って、

「自分じゃない何かすごい別人になる」ってことじゃなくて、

「本来の自分」に「戻る」ってこと。

 

 

人といる時に、

「こんな自分じゃダメだ」

と思わずに、

「これも自分なんだ」

と大人しく降参して、自分を認める。

 

ありのままでいるということは、

「できている部分を、できていると認めること」

「できていない部分を、できていないと認めること」

 自分を変えようとするんじゃない。

自分を、偽ろうとするんじゃない。

無理に変わろうとしなくても、そのままの自分を認めていたら、

勝手に良い方向に、変わっていくときは

変わっていくだろうし、

無理に「変わろう」としなくてもいい。

「変わろう」とるすと、「変われない」けれど、

「変わろうと」しないと、いつのまにかに「変わっている」ってヤツだな。

 

 

 

これ↓は、目からうろこかもしれん。

ありのままの自分を認めてもらえないのは、

「認められなかった私が悪い」

ってことじゃなくて、

「私を認めることができない、という相手に課題があった」
(その課題をクリアするかどうかは、相手の自由)

ってことだと考えるようにしてみる。

 相手の、自由なんだ。

 

 

 

 

いままで、なんとなくふわ~っとした理解だったのだけれども、

付き合う相手、一緒に過ごす相手を

「選ぶ」ことが大切だと言われている理由が、

すとんと整理できた気がする。

 

 

自分が、何をして過ごすか、

誰と過ごすか、

これは、自分で意識的に選択していくべきものだね。

各々が。

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