広島の弁護士事務所で働く母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

言葉は、吐いた瞬間から生モノ

自分の言葉が生モノで、

アウトプットしたその次の瞬間から、
過去のモノになるのと同じように、



人が吐いた言葉も、

「唯一無二の固定したもの」だなんて、

思わなくてもいいんだよね(*'▽')。



同じように、「生モノ」。




あのとき、あの人が言った、
あの言葉。


聞いた瞬間に、私が受け取った受け取り方は、
私が、受け取りたいように受け取った受け取り方なのであって、


そもそも、それがアウトプットされた最初の瞬間からして、

本人が吐いた意図と、完全には一致しない。

どんなに近づいたとしても、
同じモノには成り得ない。

ましてや、自分が解釈したいように解釈した形のもので あるから、


受け取った側が、
あの人はこう言ったから、と、大切に抱えているその言葉の中には、
もう、その言葉を吐いた本人は、
居ないのかもしれないね。


だから、この人はこう言ったから、
だとか、
この人はこう思っているはずだから、
って、
自分で自分を縛りつけていたら、


言葉を吐いた当人は、
全くそんなこと思っていなかったり、
言ったことさえ忘れていたりで、

受け手が一人勝手に、
全然違うことにとらわれていたということもあるかもね( ̄▽ ̄)。




相手が自分を縛り付けた!って思っているけれど、
相手自身はそんなつもりは全く無くて、
結局、やっぱり、
自分が自分を縛り付けているというだけのこと。


自 分で縛られに、自分を持って行っているだけのこと。


自分が自分を縛らない限り、
誰も、自分を縛ることなどできないんだなぁ。



自分の吐いた言葉が生モノで、
吐いた次の瞬間から、過去のモノになって、
その内容はもしかしたら間違っていたかもしれないけれど、
それも当然のことで、

吐いた瞬間から、人は、また新たに向上し、成長している、


とか思って見ると、


人が吐いた一瞬の言葉にも、
とらわれることなく、

おおらかに、聴けるし、聞き流せるし、
見守れる

そんな気がしてくるなぁ~(^-^)。

広告を非表示にする
*このブログはリンクフリーですが、一言声をかけていただけるとめっちゃ喜びますヽ(´▽`)/