広島の弁護士事務所で働く母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

心理学を学んでいくとぶつかる壁

アドラー心理学を学び始めたばかりの頃は、

まだ自分がしんどくて、

 

今までの自分のやり方は間違っていた!

自分の親のやり方は間違っていた!

 

学ぶに連れてそう思ったから、

今までの自分のやり方と真逆のやり方、

自分の親のやり方と真逆のやり方を

やり始めた。

 

しばらくすると、

今までの人生が嘘だったかのように、

色んなことが上手く行き始め、

 

持っていたあらゆる持病も治り、

どんどんシアワセになっていって、

世の中がお花畑状態ヽ(´▽`)/に感じられるようになった。

 

お花畑状態になったばかりの頃は、

「ほらやっぱり、

今までの自分のやり方、

親のやり方は、間違っていたでしょう~」( ̄▽ ̄)ドヤ顔

私、いいやり方みつけたんだ!よかったでしょ!

と、得意げな気持ちにもなっていたが、

 

しばらくすると、

 

そんなシアワセな今の自分を作ったのは、

その「間違えた方法」をやってきた自分でもあり、

その「間違えた方法」をやってきた親でもある、

という気がしてきた。

 

 

その「間違えた方法」で育って、「しんどい思いをしたからこそ」、

自分で選択しなければ!

自分の力で選び取らなければ!

という、今の自分が形成された。

 

その「間違った方法で育つ」という過程が無かったら、

今の私の学びは無いし、

こんなに貪欲に学んでいない。

 

・・ってことは、

「間違って育った方「が」よかったのでは!?」Σ(@0@)

と、突如そんな思いに駆られ、

 

今度は、

その「間違った育て方」をしていない自分の子に対して、

これでよかったのかと不安になり始めた(笑)。

 

昔の私のように、

感情はなるべく殺して、

やりたい・やりたくないという意思を、最初からないものとして蓋をし、

やるべきことを、我慢してでもやる。

そうしていると、そのときは分からなくても、

何年かした後、あのとき頑張って良かったなと思う日が来る。

 

だから、

 

よく言うように、

子供のうちは、「苦労を買ってでもしろ!」なのかも。と。

 

小さい頃から子の意思を尊重して、

やりたいことをやらせ、

やりたくないことはやらなくていいとして、

子に無理強いしてこなかった私は、

それこそが「間違っていた」のではないかと・・。

 

その思いは、

今の私が、シアワセになればなるほど、

増していく。

 

私がシアワセになればなるほど、子供の頃に聞いた、

「苦労すればするほど後でシアワセになるから、

今、我慢して頑張るべき」

これが、現実で、正しかったんだと感じられてくる。

 

心屋さんや、色んな心理学で言う、

「今」シアワセだったら、「未来」もシアワセ。

「今」しんどかったら、「未来」もしんどい。

という法則が、

嘘になってしまう!?!?

 

 

と、頭がこんがらがりそうになる。

 

 

私がシアワセになればなるほど、

私の子供の頃と同じように子を育てた方がよかったのでは?

私の親と同じように子育てをした方がよかったのでは?

という気持ちになってくる。

 

冒頭と真逆!!

 

 

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結局はコレ、

正解は無いよ。答えは無いよ。

どれも、自分が選んだ生き方なんだよ、

ってことなんだろうね。

 

こうしたら、ああなる、っていう法則って、

本当に無くて。

 

 

感情を殺して意思に蓋をしてやってきたら、

結果的にうまくいったという人もいるし、

ふてくされる人もいる。

 

人に導いてもらって良かった人と、

人に導いてもらったせいで行き詰まる人もいる。

 

そして、ふてくされたとか行き詰まったとか言っても、

それも人生の過程の一コマでしか過ぎず、

まだまだ先もあるし、

 

何が良いのか悪いのか、

 

そもそも良い悪いって無い。

 

そういうことなんだろうな。

 

誰もの人生が実験であり、

同じものは、二つと無い。

だからこそ、難しくて面白いのかもしれないけれど、

 

「失敗しないように」とか思うと、急にしんどくなるね。

自分の失敗と同じ失敗を、子に繰り返させないようにしようとか、

要領よく生きてもらおうとか、

そんなことを考え始めると、

 

とたんにしんどくなるね。

 

 

それはきっと、

自分の人生を子に投影しているだけであって、

自分が自分の人生を生きようとしていないからなのかもしれないな。

 

子は、自分の人生のリベンジではない。

 

子は子の中で、たくさんの失敗をしながら

自分で生き方を見つけていく。

 

そこに自分を重ね合わせようとするからおかしなことになる。

 

そもそもそれを、子が「失敗」だと思うかどうかも分からないのに。

 

 

そして、自分の経験からも、

「失敗」は宝であるから、

本当はどんどんした方がいいんだろうね。

 

そのためにも、やっぱり、

親が「どうにかしよう」「コントロールしよう」という気持ちを

手放した方が、

親自身は楽だと言うこと。

 

どうにかしようとしてもしなくても、

どちらでも

どっちみち「親の思い通りにはならない」のだから(笑)、

どうにかしようとしたら、

疲れるだけなのかもしれんな。

 

まぁ、その「疲れる」のも人生の醍醐味なのかもしれんけどね。

 

 

 

こういうことを、こうして、

文章にすると、私は自分の中の整理ができる。

これも、私が自分の人生の中から培った力。

親が身につけさせようなんて、一切していなかったこと。

 

きっとうちの子も、

私が思いもしていないところで、

私が思いもしていない何かの能力を

身につけているんだろうな。

 

だから結局、全部大丈夫だし、

OKなんだよな~。

 

 

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