ネットでアウトプットした内容。
自分にとっては、いわば排泄物というか(笑)、
出してすっきり、
書いたら安心して忘れることができるようなもの。
だから書いた後は、
何書いたかあんまり覚えていないことも多い(笑)。
読んだ人の方が、内容を覚えていてくれたりして、
その内容について後で会ったときに言及してくれることもあるんだけれども、
書いた本人はあんまり覚えていなかったりする(笑)。
タイムラグもあって、
もうあのときの自分じゃないんだね(≧w≦)。
書いた瞬間の生モノ。
人にとってもそうなのかもしれんなぁ。
友達の読書感想文をネットで見て、
その内容に言及したら、
その友達は、その本を読んだことすら忘れていて、
自分以上に覚えていてくれてありがとうと言われた(笑)。
数年前の感想文だったからというのもあるけど、
そんなものでもあるのかもしれんな(笑)。
自分よりも、人の方が、それを受け取ったときの印象が強ければ、
その人の中で勝手に大きく刻み込まれるのかも。
書いた本人には及びもつかないところで。
そして、刻み込んだのが、その人にとって今ならば、
その人にとって、それが今の出来事であっても、
書いた人にとっては、数年前の出来事。
人の受け取り方に、責任を取らなければならないと思うと、
恐ろしくて、発信することができなくなるけれど、
人は好きなときに好きなように、自分のペースで受け取るもの、
って思っていたら、
まぁこれも、当然の現象であって、
「あら。私はそんなの書いたこと、すっかり忘れていたわ(笑)。」
で、いい話なのかもな。
有名な人が、
発言の一部を切り取られて、
ああ言った、こう言ったと、解釈が一人歩きするさまは、
酷だと思うけど、
それもしゃーないものなのかもな。
人の解釈の仕方にまで、人類全員の解釈の仕方まで、
コントロールできないもんな。
生モノだし、自分も相手も、移り変わるのも当然だしな(^-^)。