広島の弁護士事務所で働く母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

私の28年間のトラウマとは(笑)-(トラウマ編2)

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(続き)

 

軽く説明をすると、

私は、幼少の頃、なんでか知らんけれど(笑)、

自分で勝手に、

自分「が」勝手に、

親子三代の夢を自ら背負った。

 

誰も、背負えなんて言っていない。

背負ってほしいとも何ともだ~れも言っていない。

なのになんでか知らんけれど、

私は、自分が好んで、

自ら好んで、

 

祖母が叶えたくても叶えられなかった夢を、

それを受け継いで叶えたかったけれど叶えられなかった母の夢を、

 

自分の夢にした。

 

それは、何故なのか、

自分にとっては当たり前すぎて分からないくらいに当然のごとく、私は勝手に背負った。

何故だか分からないけれど、

私はそれが、やりたいと思った。

それを目標に頑張るということを、やりたかったんだ。

 

今思うと、当時の環境や、自分の得意分野とも何かしら適合する部分があったのかもしれない。

 

 

 

そして、それにチャレンジした。

最終目標の勝負は、18歳で訪れる。

そのための近道としてチャレンジできる中間目標が、

12歳と15歳のときにもある。

(こう書くと、何のことがすぐに分かっちゃうね(笑))。

 

私は、

そういう制度があるということを知ったのが12歳だった。

準備期間がとても短く、その12歳のチャレンジでは

まず転んだ。

くやしくて、くやしくて、くやしかったので、

欠員募集しかしないわずかな枠を狙って、

3年後の15歳でリベンジを果たそうとしたが、また散った。

くやしくて、くやしくて、くやしかったので

本命の3年後を頑張ったが、

またしても散った。

当時の家庭の事情とか色々あって、

再度のチャレンジは諦めた。

 

 

 

 

私の意識の中で、他のことは二の次にして、

これに全ての情熱をかけてきたという思いがあったのに、

それほど情熱をかけて取り組まなくても行けたのではないかと当時の自分が思っていた所に、

私は収まることになった。

 

それが

くやしくて、くやしくて、くやしくて、くやしくて、くやしかった

のだ。

 

当時、似たような境遇にあった親友は、

達成した。

私が小学生の頃から持っていた夢を、

高校三年生になってから目標にして達成した人も居る。

 

それがくやしくて、くやしくて、くやしくて、くやしくて、うらやましくて、うらやましくて、うらやましくて、うらやましくて、うらめしくて、うらめしくて、うらめしくて、うらめしくて(笑)、

 

うらめしさ余って、

親友のことを裏ではけちょんけちょんに批判したり(笑)、

達成した人たちを見るたびに、妬み嫉みを感じ、

これを私は自分で勝手に自分のトラウマに仕立て上げていた(笑)。(どんだけ・笑)

 

何かの拍子にそれは頻繁に私の中から出てくる。

醜いから隠したいのだけれども、

恨み妬み嫉みが、毛穴から出てくる(笑)。

 

夫には、無意識のうちに、何度これに関する

話をしたことか知れない(笑)。

もう、ひょんなことから何かとすぐにコレに関する話が出てきてしまうのだ(笑)。

 

たくさん、人のせいにもした。

親のせいにもした。

環境のせい、状況のせいにもした。 

そもそも私が失敗したのは、

私が長子だから、

この制度や仕組みや状況について、親が何も知らなかったからだ、と。

 

 

私がその制度があるということを知ったのは12歳の時。

その準備を始めるにはもう遅すぎる時期だった。

親は何も知らなかったので、

私は全部自分で調べた。そして、学ぶ場所を自分で選んで、学ばせてもらえるよう自らお願いした。

(母親は、この夢を昔、夢として描いていたけれど、

それはただの「夢物語」にすぎず、行動に移すまではしたことが

なかったため、現実には私にその夢を託すつもりもなかっただろうし、何の準備も想定もしていなかったのだと思う。)

 

ネットも何も無い、当時の小学生の私が調べ得る情報なんて

限られていて、その情報収集の甘さに、

私は学びの場所を自ら転々とした。

文字通り、手探りで、喜怒哀楽引っ提げて試行錯誤しながら。

 

 

私には、4歳下の弟が居る。

我が家は、私の経験から、

その制度のしくみや、現在の世の状況がどんなものか分かったので、

弟は、「しかるべく時期」に、「しかるべき所」で準備を始め、

12歳のチャレンジで成功し、

そのまま見事、現役で最終目標まで達成した。

 

叶えることの出来なかった

祖母と母と私の夢を、

弟が叶えた。

 

私はとてもうれしかったけれど、

私は、本当は、私自身が叶えたかった。

弟が叶えたところで、

そのくやしさは、なくならなかった。

 

自慢の弟で、

仲が良く、

かわいい弟。

 

だけれども、正直、うらやましかった

 

 

長子は、何もかもが初めてだから、

実験台のように試行錯誤をし、傷だらけ泥だらけになるけれど、

 

それを見て育った次子は、

レールの引かれた安全な道を歩むことが出来て、

成功することが出来る。

 

当時の私は、そう自分の中で勝手に意味づけをした。

 

 

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その後年月が流れ、今、

私の子がその「しかるべく時期」の年齢になった。

 

私は、自分の果たせなかった夢を、

子に託してはいけないと思って蓋をしていたのだが、

それは、いくら蓋をしていても毛穴から出てくる(笑)のだ。

 

なにかの拍子にすぐ話題にしていたり、

自分の過去を語り始めたり。

決して自分の口からは、促すようなことは言わないのだけれども、

気がつくといつの間にかに、

そういう方向の回答が来るように誘導していたり(笑)。

 

 

そのくせ、実際に子が、自分もチャレンジしたいとか

言い始めたら、面倒だぞとか、どこかで思っていたりして(笑)、

 

一体私はどうしたいんや!!

 

と自分でも思うような状況。

ネットで最近の事情を検索しては、

自分たちの頃とは、また大きく制度自体が変わっていることを知って、

早い準備をしておかないと、

また私の二の舞になってしまうのではとモヤモヤソワソワしたり。

 

結局、長子というのは、いつの世も、

試行錯誤なのかと。

せっかく経験をして私は知っているのに、

レールもあるのに、

レールに乗らず、試行錯誤の道をまた歩むのかと。

 

 

 

 

 

そんな中、

私の遠回しな(笑)誘導や助言にも関わらず、

子は、一貫として、

 

 

自分からやりたいとは言ってこない

 

 

 

子は、

私と趣味も好みも性格も、真逆なんだ!!(笑)。

 

 

親子3代の夢を(笑)、

自ら4代目で背負おうなんて、夢にも思わないし、

私の話している世界が何者なのかすら、

興味が無いのかもしれない(笑)。

よく分からないのかもしれない。

 

 

そして、私も思った。

私の夢を、子がもし叶えたとして、

私は満足するのかと。

 

私の夢を、弟が叶えても、

私のくやしさが解消しなかったように、

子が私の夢を叶えても、

私のくやしさは解消しないのではないかと。

 

私が自分で叶えないと、

意味がないのではないかと。

 

(続く)

簡単に説明とか言いながら、

2700字を超えてもうた(笑)。

 

続きはいよいよ解決編へ。

 

happy-v.hatenablog.com

 

 

 

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