広島の弁護士事務所で働く母が、お家に帰って勝手に楽しむブログ

楽しいことの寄せ集め。自己満足プライベート日記

思い通りにならなくても受け入れられるということを学ぶ

”独裁者→思い通りになる
民主的→思い通りにはならない”

この前のSTEP/TEENのときに聴いた言葉。

私たちは、
「思い通りにならなくても」受け入れられる柔軟性を
学んでいるのかもなぁ。

自分の価値観は尊重しつつ、
相手も尊重する。

 

たとえ思い通りにならなくても、

「信じられる」から、

思い通りにならなくても大丈夫になるんだろうね(^-^)。

そもそも、思い通りにしようという発想が無くなる、っていう感覚なのかもしれない。

 

* * *

「思い通り」で思い出したのだけれども、

どこの「教え」も、

「教祖が居て、
その人にお免状をもらう」という形のところは、

「正しい」「正しくない」が存在し、

それと同時に、

生徒の出来不出来の優劣が生まれるものなのかもしれないなぁ。
これはもう、しょうがないことなのかもしれないなぁ。


心屋さんやまっちゃんのように、

どれもOK!ってところは、珍しいのかもしれないなぁ。


そもそも、
何かを「教える」という時点で、
「正解」「不正解」があるってことだもんね。


方向性を定める必要があるところには、
「正」と「誤」が生じるわな。

だから、しょうがないのかもしれないな。

 

そういう存在もあり、
そうでない存在もある。

 

それら両方をも全部大きく含め、
世の中は、みんな正しいってことなのかもな^^。 

 

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